明治6年、ヘボン式ローマ字綴りで知られるJ.C.ヘップバーン博士の知遇を得て、自宅の一部を外国人の方の宿泊施設とした『金谷カッテージ・イン』に端を発して、金谷ホテルは開業いたしました。以来130年、明治の趣を残しながらも時代時代の要請に応えて設備の拡充を重ね、建築様式も雰囲気も異なる建物や意匠がその美しさを競いあっております。そして平成17年、これらの一部が国の登録有形文化財に登録されました。
そんな金谷の歴史と伝統とともに歩み続ける金谷ホテルベーカリーもまた・・・・。皆さまに本物の歴史ある味をお届けします。
| 年月 | 金谷ホテル | 金谷ホテルベーカリー | |
|---|---|---|---|
| 明治 | 1871(明治4)年 | 日光を訪れて宿がなく難渋していた米国人宣教医ヘボン博士を日光東照宮楽人だった金谷善一郎が自宅に泊める | |
| 1873(明治6)年 | 6月 ヘボン博士の勧めに従い、金谷善一郎が四軒町(現在の日光市本町)の自宅を改造して外国人向け民宿カナヤ カッテイジ・インを開業 | ||
| 1878(明治11)年 | カナヤ カッテイジ・インにイザベラ・バード女史が宿泊。著書「日本奥地紀行」に記録を残す | ||
| 1879(明治12)年 | 12月 金谷善一郎に長男眞一が誕生 | ||
| 1893(明治26)年 | 現在地に建築途中で放置されていた三角(みかど)ホテルを買収し、金谷ホテルと名付けて開業。本館2階建て30室 現在の日本ホテル協会につながるホテル懇親会の第1回会合。出席11ホテル中、日光からは新井ホテル、日光ホテル、金谷ホテルと3ホテルが参加 | ||
| 1904(明治37)年 | 新館建設。ボールルーム及び客室を増設 | ||
| 1905(明治38)年 | 建築家フランク・ロイド・ライト氏が滞在 | ||
| 1906(明治39)年 | 英国コンノート殿下が滞在 | ||
| 1907(明治40)年 | 電話に加入。栃木1番 | ||
| 1908(明治41)年 | ドイツ シーメンス社の設備による自家用発電所を設置 | ||
| 1909(明治42)年 | 6月 日本ホテル組合を28ホテルで結成。金谷ホテルも参加 11月 日本ホテル組合を日本ホテル協会と改称 | ||
| 大正 | 1914(大正3)年 | 眞一が横浜でフォード車を購入。一部客室で給湯及びスチーム暖房開始 スケートリンク完成 | |
| 1922(大正11)年 | アインシュタイン博士滞在 | ||
| 1923(大正12)年 | 全館スチーム暖房設備が完成 | ||
| 1926(大正15)年 | 金谷ホテル畜産部を創設。松屋敷(日光市萩垣面)に牛舎を開設し、乳製品の自給を開始 | ||
| 昭和 | 1931(昭和6)年 | 東武鉄道が鬼怒川温泉に建設した鬼怒川温泉ホテルの経営を受託 | |
| 1935(昭和10)年 | 別館(24室)を建設。設計は久米権九郎氏。同時にホテル前庭と本館の地下を掘り下げ、2階建てだった本館が3階建てになる | ||
| 1937(昭和11)年 | プール完成。ヘレン・ケラー女史滞在 | ||
| 1938(昭和13)年 | 鬼怒川温泉ホテル焼失 | ||
| 1940(昭和15)年 | 中禅寺湖畔に栃木県が建設した日光観光ホテルの経営を受託 鬼怒川温泉ホテルを自費で再建 | ||
| 1943(昭和18)年 | 12月 第二次世界大戦の戦況悪化に伴い、日光金谷ホテルが女子挺身隊の宿舎として徴用される | ||
| 1944(昭和19)年 | 9月 日光金谷ホテルが学習院初等科の疎開先宿舎となる | ||
| 1945(昭和20)年 | 10月 日光金谷ホテル、日光観光ホテルともGHQにより接収される | ||
| 1947(昭和22)年 | 中禅寺湖畔にボートハウスを開設 | ||
| 1949(昭和24)年 | 11月 日光観光ホテル焼失 | 3月 日光物産工業株式会社の名称で会社設立、輸出向け木工品の製作販売を開始。資本金2,400千円 | |
| 1950(昭和25)年 | 3月 自費により日光観光ホテルを新築 | ||
| 1952(昭和27)年 | 日光金谷ホテル接収解除 | ||
| 1953(昭和28)年 | 金谷ホテル観光株式会社が設立され、以後鬼怒川温泉ホテルは同社の経営となる | ||
| 1956(昭和31)年 | 日光観光ホテル接収解除 | ||
| 1961(昭和36)年 | 第二新館(16室)を建設。設計は久米建築設計事務所 | ||
| 1965(昭和40)年 | 日光観光ホテルを中禅寺金谷ホテルと改称 | ||
| 1968(昭和43)年 | 日光市御幸町に金谷ホテルの製パン工場を開設。現在の金谷ホテルベーカリー日光工場。これ以来パンの外販を開始 | ||
| 1970(昭和45)年 | 9月 日光物産工業株式会社を株式会社日光プロダクトに社名変更。同時に日光金谷ホテルの製菓・製パン部門を株式会社日光プロダクトに移管。この時点で食品の製造販売に業態転換。1970年9月29日が現業態創業の日 11月 資本金を9,600千円に増資 | ||
| 1977(昭和52)年 | 4月 工場長川津勝利が勲六等瑞宝章を受ける | ||
| 1980(昭和55)年 | 10月 資本金を19,200千円に増資 | ||
| 1981(昭和56)年 | 3月 三桝屋食料品店(現 株式会社三桝屋)と取引開始 | ||
| 1984(昭和59)年 | 9月 今市市内に今市店を開設 | ||
| 1985(昭和60)年 | 5月 日光金谷ホテル内に売店・喫茶コーナーを開設 10月 東武宇都宮百貨店内にインストアベーカリーをテナント出店 | ||
| 1986(昭和61)年 | 10月 中禅寺金谷ホテル敷地内にコーヒーハウス ユーコンと温泉 展望風呂を新築開業 | ||
| 1987(昭和62)年 | 9月 今市工場を開設 | ||
| 1988(昭和63)年 | 1月 株式会社金谷ホテルベーカリーに商号変更 | ||
| 平成 | 1989(平成元)年 | 3月 愛知県豊橋市にフランチャイズ豊橋店を開設 | |
| 1992(平成4)年 | 7月 中禅寺金谷ホテル(60室)新築開業。設計はカナダ・カルガリーの Jeremy Sturgess氏 | 10月 株式会社高島屋と取引開始 | |
| 1993(平成5)年 | 10月 中禅寺金谷ホテルが栃木県マロニエ建築賞を受賞 | ||
| 1994(平成6)年 | 1月 株式会社オリエンタルランドと取引開始 | ||
| 1995(平成7)年 | 6月 ふるさと小包全国版に参入 | ||
| 1997(平成9)年 | 7月 株式会社ヨークベニマルと取引開始 | ||
| 1999(平成11)年 | 8月 イオン株式会社(ジャスコ)と取引開始 | ||
| 2000(平成12)年 | 9月 株式会社明治屋と取引開始 | ||
| 2001(平成13)年 | 9月 財団法人とちぎ生涯学習文化財団がオペラ「日光」を制作し、日光・宇都宮・東京で公演。金谷ホテル創業者の金谷善一郎も登場 | 3月 株式会社たいらや北関東ならびに株式会社ライオン堂(現 株式会社リオン・ドールコーポレーション)と取引開始 12月 ダイナースクラブ冷凍パン頒布会ならびに千趣会パンセット通販開始 | |
| 2002(平成14)年 | 6月 創業から130年目の記念の年を迎える 9月 日光金谷ホテルで明治期以来の各種メニューを復刻したクラシックディナーを提供開始。野菜料理の一つとして復刻カレーを含む |
2月 株式会社雪印アクセス(現 日本アクセス)と取引開始 6月 株式会社三越 通信販売事業本部ならびに三越日本橋本店と取引開始 9月 代表取締役 金谷太郎が退任、申橋弘之が就任 10月 六甲バター株式会社と取引開始 | |
| 2003(平成15)年 | 1月 復刻カレーを百年ライスカレーと名付けて高島屋の食品催事に出店し、大好評を得る 2月 日光金谷ホテルのラウンジメープルリーフで百年ライスカレーの提供を開始 6月 創業より満130歳となる。これを記念した展示室「金谷の時間」を日光金谷ホテル構内に開設 8月 中西健一が総料理長に就任 12月 日光金谷ホテルにN35号室を開設 |
3月 シャディー株式会社と取引開始 4月 株式会社QVCジャパン美食倶楽部放送開始 6月 株式会社大丸ホームショッピングと取引開始 9月 ピーナッツクリーム「ホテルピーナッツ」を新発売 11月 株式会社カスミならびに株式会社長崎屋と取引開始 11月 金谷ホテル百年ドレッシングを新発売 | |
| 2004(平成16)年 | 3月 中禅寺金谷ホテルに露天風呂を備えた天然温泉「空ぶろ」(そらぶろ)を開設 10月 千趣会と提携し、2005年2月までの期間限定で乙女の部屋を開設 |
6月 金谷ホテル百年スープを冷凍品で新発売 11月 金谷ホテル百年ライスカレーを新発売 | |
| 2005(平成17)年 | 2月 資本金を26,000千円に増資 4月 シンボルマークを槇の木から笹竜胆に変更 | ||














